漆黒の闇が続く昏冥した廊下。
壁には青紫色の炎を放つ燭台が点々とつけられている。
薄暗い廊下。
所々に扉があるが、人気は全く……ない。
この人気のなさは場所に問題があった。
ここはディンギル城の最上層。
上層ならもう少しヒトがいる。
中層ならもっと人気があるし、下層は賑やかだ。
そして最下層はヒトならざる者の屯する場所。
いや、そもそもここにヒトは暮らしていない。
ここは昏き闇に捕らわれた魔族たちの総本山。
深淵世界ドンケルハイトの中心。
何階層にもわたる巨大な建造物。
それは周囲の闇に溶け込むような漆黒の壁をした、圧迫感のある城だ。
……城、というよりは砦といった方がしっくりくるような。
故にここで暮らしているのは魔族を中心とした堕神、堕天使、魔物という世界から疎まれる四種族だ。
最下層は知能の低い魔物の溜まり場。
下層から上層にかけては魔族、堕神、堕天使といった種に拘らず実力順にいる。
当然、上の方にいるモノの方が強い。
ここ、最上層は魔族の中でも屈指の実力を持つ
その廊下を一人の女が疾走していた。
召集を受けて急いで向かっている
だが、その周囲には呼びに行ったはずのドゥルガーはいない。
彼女は一人で疾走していた。
王の間に向かって。
ただ、すぐには着かない。
このディンギル城は巨大だからだ。
ちょっと走ったぐらいでは目的地には着けない。
何故、走っているのか?
空間移動が出来ないからではない。
ならば何故?
理由は簡単だ。
ここ、深淵世界ドンケルハイトは座標がブレている。
世界全体を隠し、
そのため、座標が定められず、空間移動が出来ない。
〈ミチ〉は城の外にある。
城門は当然、最下層につながっている。
最下層から最上層まで登ってこなければならない。
ショートカットができるような城の造りはしていない。
それでもまだ目的地は遠い。
この城の中で空間移動をするという出鱈目な事が出来るのはこの世界を創った
長い間走り続け、やがて一つの大きな扉の前に着いた。
立派な黒いオークの扉だ。
重厚感が漂っている。
ここが目的地である、王の間だ。
走り続けていたため、かなり乱れた髪を整える。
少々上がった息を整え、背筋を伸ばす。
コンコン!
思いっきりノックをする。
こうでもしないと中に響かない。
ノッカーなどついていないから、手で叩くしかない。
そして名乗りを上げる。
「
すると扉は自動的に開いた。
誰かが開けたというわけではない。
そういう術式が組み込まれているのだ。
ここに立ち入ることが出来る中に護衛や部下などいない。
大体、自分より遙かに弱いモノを護衛にしても意味がない。
それに弱いものを側に配置することをルビカンテが望まなかった。
一礼して中に入る。
中には
それを見て顔をしかめた。
「遅いですわよ。
「ふん。そうだな」
一人遅れて来た
階級はマリードだったはずだ。
そしてもう一人は堕天使
それ故、
「遅刻」
静かにそう言い放ったのは
彼は純粋な負から生まれたため他の三人とはレベルが違う。
そして、ルビカンテを除いて唯一
「これでも急いだのよ!」
思わず声を荒げる
戻ってきてからずっと全力疾走だった。
手を抜いたとは思われたくない。
そう思い、反射的に反論してしまう。
……ここがどこで、誰が存在するのかを失念して――
「見苦しいですよ」
それを見て、窘めた。
その声にビクリと身体を縮ませる。
「ル、ルビカンテ……様――」
目の前にはアッシュブルーの髪にアメジスト色の瞳をした少年が立っている。
いつの間にこれほど接近されたのか?
全く気付けなかった自分の不甲斐無さに軽く落ち込む。
身長は自分の半分ほどしかないこの小柄な人物こそが、長きにわたり
見た目は少年だが内包している力は
ずっとルビカンテに付き従って来たドゥルガーですら片手であしらう。
怒る所や怒鳴っていることなど見たことがない程冷静沈着。
何をするのにも顔色一つ変えない。
それがルビカンテだ。
故にこんな状況でも声は荒げない。
「
ハッとして前を向くと、ずっと空席だった豪奢な椅子に一人の男が座っていた。
最初からそこに居たはずだ。
それなのに、全く気付かなかった。
気付けなかった。
それは王の席。
だからこそ、
今の今まで座っているのを一度も見たことがない。
その椅子に座れるのは間違いなく――
慌てて膝をつき頭を下げる。
「も、申し訳――」
「構わない。面を上げよ」
「は、はい……」
ガチガチに硬まる
恐る恐る顔を上げると、不敵な笑みを浮かべた王の姿が視界に入った。
ルビカンテと同じアッシュブルーの髪……毛先の方が血のように紅く染まっている。
瞳の色もルビカンテと同じだ。
頬に手を当て悠然と椅子に座る
ルビカンテを自らの分け身として生み出したというのは本当の話なのだろう。
「ルビカンテ、今までご苦労だったな」
恭しく頭を下げ、答える。
「陛下のためならばこのルビカンテ、どのようなことでも致しましょう」
その言葉は事実だった。
これまでずっとルビカンテがして来たことは全て
魔族を増やし、力を蓄え――
そうやって過ごして来たのだ。
「陛下、御加減は?」
今までずっと封じられていたのだ。
本調子ではないだろう。
「そうだな。まだ忌々しい力の残滓を感じる」
「オルクス=マナ……」
忌々しそうに呟くルビカンテ。
ルビカンテにとって、オルクス=マナは敵以外の何ものでもなかった。
「心配せずとも良い。ルビカンテ」
「陛下――」
「あの男は……精霊鳥マナは必ず邪魔をしに現れる」
それを聞いたルビカンテの顔色が変わった。
そんな姿は始めて見る。
「では――」
「今度こそあの男の首を取れば良い」
特にルビカンテは主を封じられた恨みが積もり積もっている。
姿を見たら迷わず八つ裂きにしてやりたいほどの憎悪があった。
ただ、得意のポーカーフェイスで隠されているだけだ。
「あの忌々しいオルクス=マナが出てくるとなれば間違いなく、フェナカイト=レッドベリルも出てくるだろう」
その言葉を聞いて昔を思い出す。
「レッドベリルですか。確かに、あの二人はワンセットでしたね……」
バラでいるのを見たことがなかった。
少なくとも、ルビカンテは。
ただ、
それほどあの二人の繋がりは強い。
「そしてあの二人が出張るとなれば――」
「
あの二人は他の
何かしようとすれば力を貸すだろう。
「そうだ」
バサリ。
「次は必ず――――勝つ!」
力強い言葉が部屋に響き渡った。
「勿論でございます」
こうして、ヤミが動き出した。