「記憶は戻りそう?」
そう問われたクラウスは首を振った。
「オルクス=マナは別人格として深層世界に存在している」
「そっか……」
少し寂しそうにしている。
レッドベリルが逢いたいオルクス=マナはここにはいない。
目の前にいるのに、違う。
近くて、遠い存在だった。
「でも……このままでは――」
そう零すクラウス。
「そうだね……滅びが近づく」
レッドベリルは思い出していた。
かつて、
「私たちは何も出来なかった」
倒せなかったからこそ、封印という手段を取ったのだ。
マナは。
オルクス=マナを犠牲にすることでしか世界を救うことが出来なかった。
「もう……イヤだよ…………」
ぽふ。
レッドベリルはクラウスのふわふわの胴体に抱き着いた。
「フェ――」
「もう一度……貴方を犠牲にする選択肢を、笑って受け入れられる自信がない」
失う悲しみを知った。
いつも隣で普通の人には理解できないことを言っていたオルクス。
その彼がいない寂しさを知ってしまった。
隣にいるのが違うと、オルクスではなくとも……中にいるのだ。
同じことをすれば失われる。
それは当然のことだ。
だが、今まで当たり前のように存在していたヒトが……
消えることなどないと思われていた人物が消えてしまうのは…………ツライ。
「フェナ――」
痛々しい……言葉だ。
どれほど二人が仲が良かったのか……
十分に理解できる。
「同じことにはならない」
キッパリとクラウスは答えた。
その言葉に顔を上げるレッドベリル。
「オルクス……」
「同じことにならない」
もう一度、繰り返した。
「だって、オルクス=マナは、純粋な
目の前にいるのは、
「そうだね……貴方は、
かつて、サディアスを斃すことが出来なかったのは自分たちが世界の一部だったからだ。
世界を構成する素である自分たちが、世界の一部であると認識されているサディアスを斃すことは出来ない。
「何度斃しても何度でも生まれ変わる……そんな存在かもしれない。それでも――」
放置することなど、見過ごすことなど出来ない。
世界に世界の一部だと認識されていようとも……
あれは斃すべき存在なのだ。
「今度こそ、斃そう」
「オルクス……」
「斃せる……はずなんだ」
今の……オルクス=マナならば。
だが、それには問題がある。
「でも、俺では駄目だ」
クラウスはオルクス=マナの力を使うことが出来る。
だが、
経験も、力の使い方も、サディアスを斃すためには足りない。
それはオルクス=マナでなければならない。
「フェナには、それがわかっているだろう?」
「……そうだね。わかっているよ」
だからこそ、クラウスに言われた時、頷いたのだ。
彼が世界の為には必要なのだ。
彼であって彼でない存在が。
「世界に必要なのはオルクスの方だ」
だからこそ、レッドベリルは尋ねたのだ。
記憶が戻ったのかどうか。
しかし、クラウスにそう言われても無理な話だ。
なにしろ別人格として深層世界に存在しているオルクス。
直接的な記憶を持っているのも、そのオルクスだ。
クラウスの前世だと言うが、クラウスにしてみれば自分の中にいる別人。
そんな意識しかない。
自分の中にある全く別の力……
それを使用するのは大変だ。
上手くコントロール出来ない。
何しろ、
今自分が使っているのはホンの一部分だけ。
力の大部分は全く使えていない。
でも、
オルクス自身が。
「オルクス=マナは言った。ここにいると戻ってこれないと」
だが、このままでは世界に未来はない。
普通の方法では恐らく、オルクスの言った通り命を落とす。
まだ、死ぬわけにはいかない。
約束をした。
果たせない約束を遺すわけにはいかない。
約束は果たすためのもの。
破るためのものではない。
だからこそ、考えなければならない。
生き残るために。
世界を護るために――
「フェナとなら、何とか出来ると、思った」
それは間違いなく、オルクス=マナの意識だ。
クラウスには、彼を信頼できるだけの要素がない。
それを聞いたレッドベリルは、やんわりと微笑んでクラウスの身体を撫でた。
「そうだね。方法はきっと、ある」
そうでなければ世界を救えない。
「探そう。世界の為に、貴方の為に、彼を呼びだす方法を」
ここにゆっくりと籠っている場合ではもうないのかもしれない。
久しぶりに全員で集まるべきかもしれない。
そう思っていた時、クラウスが呟いた。
「でも、どうしても、何をしても…………どうにもならなかったら――」
顔を上げ、その瞳を見た。
クラウスはとても澄んだ瞳で言った。
「俺を殺して彼を出せば良い」
「駄目だ!」
レッドベリルがそう叫んだ。
突然声を荒げて否定した。
クラウスは目を丸くした。
目の前にいるのは
世界の為に何かを犠牲にすることなど、いとわないと、勝手にそう思っていた。
ここで否定するのはレッドベリルではなくむしろクラウスの方ではないのか?
そんな疑問が浮かぶ。
「何故?」
それにレッドベリルは、暗い表情で答えた。
「貴方は……一部」
「一部?」
何のことだかクラウスにはわからない。
「オルクスの一部。違くない」
何故、レッドベリルが……否定したのか理解した。
切り捨てたくないのだ。
いや、切り捨てられないのだ。
それほど、大切なのだ。
オルクス=マナのことが。
だからこそ、否定した。
クラウスを切り捨てることを……
強固に。
レッドベリルはクラウスを含めてオルクス=マナだと言っているのだ。
少しでも、彼の心を殺すことをしたくない。
「見つけるから、絶対に」
だから、諦めないで欲しい。
クラウスは、世界から、そんな優しい言葉を掛けられるとは思ってもみなかった。
「わかった。信じる。フェナを――」
クラウスがそう返事をした時、姿が変わった。
紫色の髪……金色の瞳――
アスモデウスとの戦闘で服はボロボロであったが、その姿は間違いなくオルクス=マナ……その人だった。